チャールズバークレー。
(Cherles Wade Barkley)
NBAをご存知の方であればは一度は聞いたことのある名前ではないでしょうか?
1980年代〜90年代にかけて活躍したレジェンドクラスの元NBA選手で、当時は「バスケの神様」ことマイケルジョーダンと共にNBA及びバスケブームを引っ張っていた人気者です。
20数年前の選手なので、現役をリアルタイムでご存知の方はもう40歳オーバーのベテランファンだと思いますが、そんなチャールズバークレーのキャリアハイライトシーズンを支えたバッシュ「AIR FORCE MAX」の魅力と併せてご紹介したいと思います。
http://nba-lover.work より引用
チャールズバークレーとは
1984年のドラフトでフィラデルフィア76ers(セブンティーシクサーズ)に5位で氏名されNBA入り。
現役時代で身長198cm、体重114kgという割とずんぐり体型でしたが、その体型からは想像できない俊敏性とジャンプ力を活かしたプレースタイルから「空飛ぶ冷蔵庫」とも呼ばれていました。
ポジションはパワーフォワードで、ゴール下で体を張ってリバウンドを取るのが主な役割ですが、バークレーはリバウンドを取ってパスせずにそのままドリブルで持ち込み豪快なダンクを決めるという、型破りなプレーで観客を湧かせ、すぐにリーグの人気者となっていきました。
1984~1992までの8シーズンをフィラデルフィア76ers、
1992~1996までの4シーズンをフェニックスサンズ、
1996~2000までの4シーズンをヒューストンロケッツで過ごし、
合計16シーズンで優勝は叶わぬまま引退しました。
チャールズバークレーのキャラクター
バークレーの人気の要因としてはキャラクターの強さもあります。
とても気の強い性格で、間違っていると思う事には黙っていられない性格のようで、いわゆる歯に衣着せぬ物言いで物議をかもす発言がとても多い選手でもありました。
審判に文句を言ってテクニカルファールを取られて退場するというのも非常に多かったようです。
また相手選手にトラッシュトークをしかけて乱闘騒ぎというのもありました。
そんなキャラクターを皮肉ってか、付けられたあだ名が「Sir Charles」。
「チャールズ公」。伯爵ですね。貴族的なイメージとは正反対なバークレーに付けるというのがアメリカ的というか、面白いですよね。
しかしサービス精神が旺盛で口が達者であったため、メディアに対するリップサービスがうまく、相手を笑わせるのが得意というキャラクターでもありました。
なので現在はそのキャラクターを活かして、スポーツ専門チャンネルで辛口コメンテーターとして活躍している様子ですが、その辛口具合が日本では考えられないレベルみたいで、それでもやっぱりウケてるみたいです。
着用バッシュのブランドは
バークレーはキャリアを通してNIKEのバッシュを着用しており、NIKEと契約していました。
中でもゴール下でパワーを発揮する選手向けと言われる「AIR FORCE」シリーズを着用していました。
チャールズバークレーのハイライトシーズン
そんな彼が1992年のバルセロナオリンピックで初代ドリームチームに選ばれアメリカ代表の圧倒的な強さと共に彼の知名度も世界的に知れ渡るところとなりました。
そして同年のシーズン(1992~93)、バークレーは76ersと決別し、新天地のフェニックスサンズへ移籍して大活躍を見せます。移籍初年度にチームをリーグ最高成績(62勝20敗)に導き、自身もシーズンMVPに輝いています。
プレーオフに入ってもチームは快進撃を続け、優勝をかけたFINALまで辿り着きます。そのFINALで対戦したのは、ドラフト同期で長年友人でありライバルであったマイケルジョーダン率いるシカゴブルズだったのです。
その年のブルズはレギュラーシーズンの成績こそあまり良くなかったものの、3連覇をかけてプレーオフでは激闘を制してきました。
スター選手のライバル対決、3連覇か初優勝か、バークレーの勢いかジョーダーの底力か、色んな側面から見て注目度の高い対戦でしたが、結果は4勝2敗でブルズが勝利し、3連覇を成し遂げたのでした。
バークレーが一番優勝に近づいたシーズンでしたが、栄冠を手にする事はできませんでした。
チャールズバークレーがハイライトシーズンに着用したバッシュ
バークレーのハイライトシーズンである1992~93シーズンに彼の足元を支えていたのがNIKEのAIR FORCE MAXというバッシュです。
画像は当時の物ではなく、筆者所有の後年復刻されたモデルです。
スエード調のシンセティックレザーで、つま先の切り替えが型押しで表現されるなど、よ〜く見るとレベルでアップデートされています。
NIKE AIR FORCE MAX
商品名にバークレーに関する表記は入っていませんが、このシーズンに着用していたのは彼だけですし、当時のNIKEの同モデルメインビジュアルにもバークレーが使われていましたので、ほぼバークレーのシグネチャーモデルだと言えます。(このモデル以降「CB」の表記が入り、完全にシグネチャーとなっていきます。)
アッパーはオールブラックのスエード調のマットな素材で所々にプラパーツが使ってあり、クールな高級感があります。
当時筆者が中学生で、定価が¥20,000でしたので、高くて手がでませんでした。(因みにAIR JORDANシリーズで¥21,000でした。)
おまけに下級生で黒バッシュというのが雰囲気的に御法度だったので、少しお金持ちの上級生がコレを履いて部活やってたのが羨ましかったです。
カテゴリーMIX
NIKEのバスケットボールカテゴリーでは主に
「AIR FORCE」と「AIR FLIGHT」というシリーズがありましたが、
元々バークレーが着用していたAIR FORCEシリーズにランニングカテゴリーである「AIR MAX」がドッキングするという初めてのケースとなりました。
シュータンには当時の「AIR MAX」ロゴ、ベルクロには「FORCE」ロゴの型押し。
それぞれのカテゴリーが邪魔をすることなくしっかり主張しています。
こんなところにもNIKEのデザインの妙を感じます。
当時のAIR MAXの象徴でもある270°ビジブルエアーです。
体重のあるバークレーの着地を支えるためのクッショニングを搭載しつつ、機動力を邪魔しない低めのミッドカットデザインになっています。
当時のNBAのユニフォーム事情と着用状況
当時のNBAのユニフォームは主にホワイトベースのホーム用と、
チームカラーを多く使ったアウェイ用の2種類しかありませんでした。
バッシュも当時どのモデルもホワイトベースとブラックベースの2色展開というのが多く、AIR FORCE MAXもそのパターンでした。
バークレーはレギュラー、プレーオフとシーズンを通してホームの試合ではホワイトのバッシュ、アウェイの試合ではブラックのバッシュを着用していました。これはフェニックスサンズのチーム規定に則ってのようです。
チームによってこのルールは違っており、シカゴブルズなどはレギュラーシーズンはホーム、アウェイ問わず全員ホワイトのバッシュを着用し、プレーオフになるとブラックのバッシュを着用するというルールのようでした。
個人的にはシカゴブルズのプレーオフのスタイルが「優勝争いのゴリゴリの削り合いが始まる!」という気合いが見える感じで大好きでした。
まとめ
5月現在、アメリカではNBAのプレーオフが行われており、NBAファンにとっては最高にエキサイティングな時期になっています。
そんなタイミングで自分が一番バスケにドップリだった時代を思い出して記事にしてみました。
大好きだった選手、その選手が履いていたバッシュ、当時の興奮が思い出され、やっぱりNBAもバッシュも大好きでやめられないな〜と思いました。
皆さんもおんなじような思い出ありませんか?
お持ちの方はコメントとか頂けるととても嬉しいです。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
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